謙信のコンセプト

戦のスペシャリストとして

国を豊かにするため

民の生活を豊かにするため

道義を重んじる

日常にスパイスを与える。

幾度となる合戦

事業概要

産業振興

産業振興

衣料の原料となる青苧を栽培し、日本海ルートで全国に広め、財源とするなど、領内の物産流通の精密な統制管理を行い莫大な利益を上げていた。 謙信が死去した時、春日山城には2万7140両の蓄えがあったという。上杉軍の行動を支える軍費の大半は通商によって得られており、頼山陽が美談として激賞した「敵に塩を送る」という逸話も、実際には軍費調達の必要上から甲斐・信濃の商人への塩販売を禁じなかっただけと見ることも出来る。

川中島の合戦

川中島の合戦

川中島の合戦は、日本の戦国時代に、甲斐国の戦国大名である武田信玄と越後国の戦国大名である上杉謙信との間で、北信濃の支配権を巡って行われた数次の戦いをいう。合戦は12年余りに及び、第5次まで行われたという。

人道・道義

道義

謙信は、「義」を重んじ、戦乱の世にあっても侵略のための戦いはしない一方、他国から救援を要請されると出兵し、「依怙(えこ)によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方(いずかた)へも合力す」(私利私欲で合戦はしない。ただ、道理をもって誰にでも力を貸す)『白河風土記』と述べている。また、謙信が敵将武田信玄の領国甲斐が塩不足に苦しんでいるのを知り、塩を送った逸話から、「敵に塩を送る」という故事も生まれた。

信玄の概要

武田ロゴ

  • 名前
    上杉謙信
  • 改名
    幼名:長尾虎千代
    初名:長尾景虎
    改名:上杉政虎
    偏諱:上杉輝虎
    法号・法名:不識庵謙信
  • 生誕
    享禄3年1月21日(1530年2月18日)
  • 死没
    天正6年3月13日(1578年4月19日)
  • 官位
    従五位下、弾正少弼 贈従二位
  • 氏族
    府中長尾氏→山内上杉家
  • 本拠地

    春日山城
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